09
The doubt that was born in a moonlit night






「じゃあね、セナ、まも姉!」


手を降る2人がだんだん小さくなって、とうとう校門のところで見えなくなった。…ふぅ、と息を吐き出す。どきどきどき…ってどんだけ緊張してんのわたし?!もう一度深呼吸をしてから、ぎゅっと拳を握りコンコン、と扉を叩く。…ってそのまま入ればいいんじゃんわたし!何してんの…?!自分のばかさ加減を再確認し、「失礼します」といいながら扉をあける。


「ヒル魔さ…って、え?あれ?」
「よう、じゃねぇか。こんな遅くまで何してたんだ?」
「げ、厳さんっ!!」


扉を開けた先の椅子に腰掛けていたのは、予想外にも厳さんだった。ほんとびっくりした…!まだ小さめの部室を見渡すけど、目的の金髪が見当たらない。


「あれ…?あ、のー、ヒル魔さんは…」
「俺に何か用か。」
「ひぎゃあっ?!!」


後ろから突然声がして肩がびくりと跳ね上がる。ついでになんとも色気のない声が出て、しまった!っと急いで両手で口を抑える、が、…時すでに遅し。


「くくくっ、なんちゅー声だよ。」
「げ、厳さん笑わないでくださいーっ!」
「ケケケ、確かに色気のかけらもねぇな」
「ひっヒル魔さんまで!!」


それぞれの笑い声が聞こえて顔がかぁーっと熱くなる。「顔赤いぞ、」という厳さんのことば。だ…だれのせいだと思ってんですか!!怒るわたしを尻目にヒル魔さんは部室にすたすたと入りいつも座っているであろう部屋の奥にどすっと座り足を机に置いてパソコンを開き起動させた。そのスムーズな慣れた手つきや動作に思わず見入ってしまった。


「…で?」
「え?」
「何の用だ?」
「あ!」


そ、そうだった!さっさと挨拶してぱっぱと帰らなきゃ…!


「あ、あの、ばかであほでのろまで、何の役にも立たない足手まといだと思いますが、よろしくお願いいたしますっ!!」


ばっと頭を深く下げる。……‥あれ?な、なーんも応答がないのですが…!わたしそんなに変なこと言ったのかなぁ…?そろそろと顔を上げて2人の表情を伺うと…ヒル魔さんも厳さんも少し目を見開いて、ぽかんと固まっていた。


「…あ、あのー…?」
「…用ってそれだけか?」
「え!あ、はい、みんなに挨拶して、呼んで欲しい呼び方とか聞いたのに、キャプテンに挨拶なしは非常識かなーと、」


思ったの、です、が、…‥なんだか異様な空気に語尾がだんだんと小さくなるのが自分でも分かった。なにかまずいことしちゃったかな…?…とりあえずこういう時は逃げちゃおう…!「失礼しました!」といおうとした瞬間、頭にぽんぽんという優しい感触がする。この感じ、は…「げ、んさん?」何時間か前みたいに、厳さんがわたしの頭をぽんぽんと撫でてくれていた。なんで…頭ぽんぽん?別にわたしなにもしてないのに…っていうかむしろ邪魔しちゃった勢いなのに…?


「お前は…は、礼儀正しいな」
「へ?」


思ってもみなかったことばに情けない気の抜けた声がもれる。礼儀正しい?確かに親が厳しい人で、そういうことはばっちりというか、びっしり教えられたけど…


「わたし…とくに何もしてないと思うんですけど…?」
「無意識か…。」
「え?」
「いや…ならいい。」


ただ、わたしにとって普通と思うことをしてたんだけど、厳さんにはそれが“礼儀正しい”と思われたんだったら、すごく嬉しいなぁ…!笑いかけてくる厳さんにつられてわたしの顔も笑顔がこぼれる。


「…まったくラブラブなこって」
「なっ…?!」
「あちーあちー。やるなら外でやれ糞バカップル」
「ひ、ヒル魔さん…!!」


パソコンに目を向けたままヒル魔さんが片手でしっしっ外に行けという動作をやる。もう片方の手はキーボードの上を駆け回っているまま。ていうか何を基準にバカップルなんて言ってるの…?!厳さんには失礼だけど…どっちかっていうと兄妹にしか見えないと思う。厳さんが大人っぽくて、わたしが子供っぽい。そのせいでよけいに年齢差があるように見えてしまう。だからカップルに見えるなんてお世辞にも言い難い、のに…‥。


「さっきからヒル魔さんってば…!「ヒル魔、」
「…んだよ」


すたすたすた、そんな感じで厳さんがヒル魔さんのこっちから見て右側に近付いていって、少し背中を曲げ屈むようにして厳さんがヒル魔さんの耳に何か(ここまで聞こえない…!!)言って…。と思いきや、いきなりガシャコという音がして銃が厳さんに向けられている…ってなんで?!と慌てていたらヒル魔さんの口が開く


「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ、糞ジジィ」
「ふざけてなんかいねぇ、本気だ」


な、んだか険悪な空気…!怖い、ふたりとも表情が険しい。ケンカ…なんてしてほしくない、よ…!


「あ!の!ちょっ、止めて下さっ、ふわぁっ?!!」


2人を止めようと部室の奥に走り出して何歩か進んだ瞬間、イスに足を引っ掛けてしまった。やばい!このままじゃあ床とごたーいめーんって今はそんな場合じゃなくて…っ!!っ、…‥あれ?痛く、ない…?不信に思い、顔を上げる、と、


「…ヒル魔、さん?厳、さん?」


わたしの左腕をヒル魔さんが、右腕を厳さんががっしり掴んで引っ張ってくれていた。そのおかげでわたしは床とのご対面を免れ、痛みが体中を駆け巡ることもなかった、という訳…。


「な、ナイスコンビネーション」
「「あほか」」
「「「!!!」」」
「…‥ふっ、」
「あ?」
「ふふっ、あははっ、あはははっ」


思わずセリフまで被ったヒル魔さんと厳さんにこらえきれない笑いが漏れる。あんなけ険悪ムードになっても、やっぱり考えてることとか言うことは同じだし、息もぴったしだし。そんな空気醸し出したって説得力ないですよ、殿方?


「…ふっ、ったく困ったもんだな」
「それはこっちのセリフだ糞ジジィ」


部室に三人の笑い声が響きわたる。さっきまであんな重くて暗くて怖かった空気が嘘みたいに今は、軽くて明るくて優しい。…‥っていうか何気に2人の笑い顔ってレアじゃないか?!いや、ヒル魔さんはどっちかっていうといつものばかにしたような笑い方だけど…厳さんの笑顔は、あんまっていうかまったくみたことないんじゃないか…?!…わたし、幸せものだなぁ、なんて考えて笑みがまた零れた。2人にいつまでも支えてもらってるのは迷惑がかかるので、立ち上がって「ありがとうございます」と頭を下げると「部室が壊されちゃ困るからな」というヒル魔さんの嫌みとぽんぽんとまた頭を優しく撫でてくれる厳さんの手の感触があった。「…それにしても、」


「バカップルはヒル魔さんと厳さんじゃないですかぁ」
「「……‥は?」」


おおぅまたまたナイスコンビネーションですね!と親指を立てて笑うとばしっとヒル魔さんに頭叩かれた。(い、痛いっ…!)「おまえは…」と言いながら厳さんにもため息をつかれてるし…!(がんッ)わ、わたしそんな変なこと言いました…?!ショックに打ちひしがれていると厳さんが「あ、」と声を漏らした。どうかしたのかな?「お前…もうこんな時間だぞ」その言葉に時計に目をやると…えっ!もう8時30分?!来たときより30分以上たっちゃってる…!!


「うわぁ、邪魔でしたよね?!すいませんっ!!」
「…じゃなくてだな、」
「…はい?」


はぁ、という厳さんの本日2度目盛大なるため息。わたしはひたすらわたわたするばかり。


「帰り、大丈夫か?」
「え?そんなことですか?」
「そんなことって…お前なぁ…女なんだから」


危ないだろ、という厳さんのわたしを心配してくれた言葉に一瞬、さっきみたいに心臓がどきりとする。…なんなんだ?これ、…‥。頭を傾げているとヒル魔さんの声が聞こえた。


「最近は物好きもいるからなぁ」
「…‥どういう意味ですか、それ。ヒル魔さん」


ケケケと響く笑い声にむすっとする。ちょっとは厳さんみたいに心配してくれたり優しい言葉くらいかけてくれないんですか…!!…っていっても確かにわたしはまもりさんみたいに綺麗でも、守りたくなるほどか弱くも見えないんだろうなぁーと考えるとそれは無理な話か…。


「ほんとに大丈夫なのか?親御さんが心配してるんじゃねぇのか?」
「(―ズキンッ…)っ、すいません、わ、わたしは大丈夫です!では、失礼、しました、」
「…?」


くるり、頭を下げてから、厳さんがわたしの名前を呼んだけど、気付かないフリをしてそのまま部室から出ていった。扉を閉めるとガタンという音のあとにむわっとした夏が近づき始めたときの特有の空気に体が包まれた。『親御さんが心配してるんじゃねぇのか?』厳さんのことばが頭で何度も繰り返される。…“親御さん”、か…‥わたしは、これからいくつのウソをみんなにつかなきゃいけないんだろう…‥?そんな考えを取り払うように頭を左右に振って、駅に向かって歩き出した。




***




あいつが、が部室をいきなり出てった数分後、糞ジジィも「まだ仕事が残ってるから」と部室を出て行き、今は部室に俺一人残っている。カタカタカタとキーボードを叩く音、パチンと膨らましたガムが割れる音、時計の音だけが響く部室は放課後に比べ随分静かだ。…そんな中、さっきのの顔が浮かんだ。糞ジジィが親が心配してんじゃねぇのか、と言った途端、明るく無邪気に太陽みてぇな笑顔が一気に月夜みてぇに暗く…というより、もの寂しげな表情になりやがった…。ほんの一瞬で後ろを振り返っちまったから糞ジジィはあんまし気付いてなかったみてぇだが、俺には嫌にはっきりと見えた。…なんだ?この違和感。ぎゅっと心臓を掴まれるような感覚で、息がその瞬間詰まった。俺らしくもねぇ。それと糞ジジィのあのセリフ。いきなり近寄ってきたと思ったら、あいつに聞こえねぇように俺の耳元で小さな声で囁くように言いやがった。


『男の嫉妬はみっともねぇぞ』…‥と。


嫉妬?はっ、糞ジジィもとうとう頭に焼きが回ったか?冗談にしてはやけに真剣身が籠もった声に訳が分からず思わずイラついて気づけば銃口を向けてた。何なんだ、あの瞳は。仲がいいならそれでいいじゃねぇか。付き合うなりなんなり勝ってにしてりゃあいいじゃねぇか。何が目的であんなまるで俺にこれでもかってくらい見せつけるみてぇに…‥。


「…‥チッ…」


思わずイラついて漏れた舌打ちは、ひとりの部室にえらく響いた。








(この感情に名前をつけるなら、それは) 













(080608)